鉄道でいろいろやるブログ

タイトルの通り、鉄道に関するいろいろなことを紹介します。 メインは、模型工作や、挑戦、おすすめの紹介です。

最近、JR貨物にある変化が感じ取られました。
それは、「JRF」マークが消えているということです。

まず、2014年頃から製造されたコンテナ(19D、19G、V19C、30D etc.)は、JRFのロゴではなく、通常の「JRマーク」と「JR貨物」のロゴのみというシンプルな塗装となりました(水色のコンテナ時代に回帰した感がある)。

さて、半月前、鉄道ファン675号(2017年7月号)を読んでいたら、「POST」のコーナーに
「3/25撮影、コキ104-1001からJRFマーク消える」
という投稿がありました。
記事によれば、JRFマークを省略して出場するコンテナ車が見受けられるとのこと。

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この記事を読んでいたのは列車内だったので、ちょうどすれ違った貨物列車を見ると、確かにJRFマークのない車両が複数ありました。

この状況から、
「JR貨物はJRFマークの使用をやめるのか?」
と思いました。
しかし、機関車についてはJRFマークが残っているので、この説には疑問が残りました。



ところが昨日、幡生にてJRFマークの無いEF210を目撃しました。
車番は105号機。側面には「桃太郎」のロゴしかありませんでした。

ググって出てきた鉄道ファンの「鉄道ニュース」(2017年5月18日掲載)の記事によると、5月11日に広島車両所からJRFマークが省略されて全検出場したとのこと。

真相は不明ですが、これらの動きからして、JRFマークはこれから使われなくなる可能性が十分にあります。
今後の動向がとても気になります。








就労支援の作業所が楽しいです。カフェなのですが、私は雑貨を作ります。
今度、私が作る蒸気機関車のペーパーモデルを売っていただくことになりそうです。
(以前の勤め先がいかに障がい者クラッシャーかを再認識しました)

さて、先日Youtubeを見ていたら、福山レールエクスプレスが福岡まで来るようになっていたことを知りました。

列車番号は57。
調べると、幡生操車場到着が10:10なので、小月は9:55頃の通過です。

来週の就労支援がない日は天候が怪しいので、今日撮影しに行きました。

場所は、小月駅から400mほど埴生側にある小島踏切付近です。

着いてすぐに踏切が鳴り始めたのですが、やってきたのは遅延している別の貨物列車でした。
家を出る前に運行状況を確認したところ、鹿との接触により一部の列車に大幅な遅延が出ているとのことでした。(57レは遅延していない)
丸和通運の「フレッシュ桃太郎便」のコンテナや、日通ECOLINER31、福岡運輸のUF51があったほか、初めて見る富士通のロゴが入った12ftコンテナもありました。

そしてそれから数分後。
上り新山口行き普通列車3408Mが通過。
遮断器が開いてすぐ、再び警報機が鳴り始めました。

見えたのはEF66-100。
ついに57レがやってきました。



編成は先頭から、
コキ107-コキ107-コキ107-コキ104-コキ104-コキ104-コキ104-コキ104-コキ106-コキ104-コキ104-コキ106-コキ104-コキ104-コキ104
の15両。
コンテナは全て「福山通運」のロゴが大きいU51Aでした。
こんなに統一感のあるコンテナ列車は初めて見ました。



次の撮影は、何と言ってもトワイライトエクスプレス瑞風ですね。



約2か月ぶりの更新となってしまいました。
本日から、週1で障がい者就労支援のお世話になっております。(管理人はASD)

さて今回は、以前RMモデルズ(2009年11月号だったかな?)に掲載された長崎氏による制作を解説した記事をもとに、キハユニ15を作ってみました。
掲載誌は購入しなかったのですが、3年ほど前に書店で見かけて購入したムック本に再録されていました。

↓この本です

車体の型紙は作成したのですが(CADのファイルの更新日時が2015年4月13日だった)作らないままで、先日ようやく作る気になり、1週間で上げました。
湘南顔は初挑戦です。

キハユニ15は、電気式気動車のキハ44000を液体式に改造するとともに、郵便・荷物合造車に改造したものです。
運用線区を調べると、主に加古川線や中国地区で使用され、山口県内でも見られたことが分かりました。(厚狭と小郡に1両ずつ配置されていた)


キハ44000についてはこちらの動画を参照。




DSCF2663
側面。
同書の作例では、青と黄褐色の旧塗装でしたが、気動車一般色としました。
車体はペーパールーフにアレンジしています。(先頭部の屋根のみバルサ製)

DSCF2652

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天気が良いので庭で撮影です。
後ろのキハ58は、10年前に作ったものです。(一部でkiha58というハンネを使用しているほど好きな車両だが、この1両しか作っていない)

DSCF2637
保護棒は、細く切ったグレーのケント紙を貼っています。(これまでは省略してきた)

塗装はダイソーのカラースプレー(アイボリー)と、アサヒペン クリエイティブカラースプレーのファイヤーレッドです。


現在は、鹿島臨海鉄道6000形を2両同時に制作中です。
うち1両はガルパンラッピングにします。










今日は、10日を過ぎてから最初の水曜日。
というわけで、windows updateがある日です。

今朝PCをつけたら、思った通りupdateが来ていました。

管理人のメイン機(デスクトップ)の機種は、Dellのinspiron 3647。
OSはwindows8.1です。

しかし、そこにはある懸念がありました。
 
先月のupadateのとき、再起動中にPCがフリーズし、再起動していますの画面でが完全に固まったのです。
左端の球が回っているアニメーションも、マウスポインタも動きません。
マイクロソフトのサポートに連絡すると、PCのメーカー側の対応になるということで、Dellのサポートに連絡。
そして、「データの破損は保証しかねる」という条件の下、次の手順で無事復帰できました。

起動ボタンを押して強制終了

PC本体の電源プラグを抜く

起動ボタンを30秒長押し

PC本体の電源プラグをつなぐ

起動


この手順は、メーカーサポートのオペレーターの指示のもと行ったものです。
この方法を試して損害・障害が発生しても、管理人は責任を負いかねます。


さて、話は今回のupdateの話に戻ります。

上記のことに鑑み、あらかじめ主なデータのバックアップを取りました。

スタート画面を表示し、電源オプションをクリックすると「更新をインストールしてシャットダウン」「更新をインストールして再起動」となっていました。
コントロールパネルでも、更新がすでにインストールされており、再起動を待っている状態であることを確認。
コントロールパネル内の「再起動」ボタンをクリックし、再起動画面が表示されました。
そして、更新プログラムを構成していますが30%に達したところで再起動していますの画面に切り替わりました。
しかし、約20分経っても一向に先に進まず、ハードディスクを読み書きする音もいつしか聞こえなくなっていました。
そして、再起動開始から約30分。ついに再起動していますの画面が完全にフリーズ!
その瞬間をしかと目撃しました。
出かける予定でしたが、もうキャンセルです。

そして、結局先月と全く同じ方法で解決しました。

Dellのオペレーターさん曰く、このように再起動中にフリーズするという問い合わせはよくあるとのこと。(よくあるのなら原因究明のうえ改善されるべきと思うが)

調べたところ、windows updateは、これまでの「ダウンロードしてからシャットダウンor再起動時にインストール」という流れから、「勝手にインストールしてあとは再起動だけ」という流れに変更されたとのこと。
従来の方法では、コントロールパネルで、不要な更新ファイルを除外することができましたが(windows10強制アップグレードはこの方法で回避した)、現行の方法ではそれができず、マイクロソフトの思うがままになってしまいます。

windows10強制アップグレードの脅威が去って安心したと思ったら今度はこれです。
対処法が分かったとはいえ、毎回こうなるのは心臓に悪いです。

再起動中のフリーズの解決方法、あるのですかねぇ

追伸
対応してくださったオペレーターの方、ありがとうございました。
非常に助かりました。




 

タイトルの通り、春なので、小学生時代のダイヤを振り返ってみました。

 私が通っていた小学校は、山陽本線小月駅から直線で500mほど埴生寄りの、ちょうど山陽本線を見下ろす丘の上にありました。
入学式翌日の登校初日から、休み時間に校庭で列車を見ていました。

そこで、休み時間ごとに見ていた列車を思い出してみました。
ただ、中学年からは、休み時間を図書室で過ごすことが常態化したので、94~96年頃の情報としてご覧ください。
(休み時間終了時刻は、予鈴の時刻を書いています)

朝休み(~8:10)

登校してから始業(朝学)までの時間です。
学校到着時刻によっては、校門で見ることもありました。

寝台特急みずほ


「みずほ」が廃止されたのは94年12月なので、入学時にはまだ運転されていました。
小月通過時刻は7:50ぐらいだったと思います。
廃止後は、後述の貨物列車が「みずほ」のスジで運転されるようになっていたと記憶しています。

貨物列車(下り)

牽引機はEF65。
一度だけ、ぶどう色のEF65が牽引していたことがあります。
踏切を渡って通学している友人が、EF66との重連(多分ムド(無動力回送))だったと報告してくれたことがあります。
この時期のJRコンテナは、国鉄から継承されたものも数多く残っており、全体的に水色・黄緑、そしてJOTのコンテナの白の3色でした。
この時期から、JRFレッドのコンテナが現れ始めます。

寝台特急さくら
いつしか、「みずほ」とほぼ同時刻に「さくら」が走るようになりました。
もちろん、当時は単独運転で、長崎行きと佐世保行きでした。

普通下関行き
115系4両編成。
一時期、クハが瀬戸内色、モハが広島快速色という編成が走っていました。

普通小郡行き
415系4両編成。

貨物列車(上り)
当時の幡生発着運用としては数少なかったと思われる、EF200牽引の列車です。
機関車次位のコキには「下関」と書かれた、下関漁港組合のUR1形コンテナが積まれていました。(2000年代初頭まで、漁港内に貨車が乗り入れていたそうです)

この列車が通ったら、朝休みは終わりです。

中休み(10:10~10:30)

普通下関行き
105系3両編成。宇部新川発。
2両編成の上り側にクモハを連結した、「Tc-Mc-Mc」または「Mc-Mc-Mc」の3両編成(今から10年ほど前まで、クモハ105を2両背中合わせに連結した編成があった)。
ごくまれに、さらに2両編成を連結した5両編成や2連×2の4両編成だったことがあります。
また、先頭に123系が連結されているのを1回だけ見たことがあります。

小月で後続の貨物列車を退避するため、小月駅の場内注意現示を受け、かなり減速して通過していました。
休日に出かけるときは、この列車に乗ることも多かったです。

貨物列車(下り)
小月で前述の普通列車を追い抜きます。
牽引機はEF65でした。
この時期は、コキ50000系に混じって、コキ5500がまだ残っていました。

クモハ42回送
小野田線本山支線用のクモハ42は、95年ごろから週3回(月・水・金)、検査のため下関まで回送されていました。
96年の鉄道の日のイベントで2両編成で運転されたのですが、その前日は2両編成で回送していました。

ちなみに、中休み終了前に予鈴代わりに流れていた曲は「ハイケンスのセレナーデ」でした。
(車内チャイムと全く同じ個所があるのに、この曲がそうだとは思っていなかった)

昼休み(12:50?~13:30)

普通下関行き
105系2両編成。

普通宇部線経由小郡行き
105系3両編成。
前述の列車の折返し。

貨物列車(下り)
臨時のスジなのか、まれに13:20ごろに下りの貨物列車が通過することがありました。
コンテナ列車であることがほとんどでした。
しかし、小1の秋、EF66(貨物更新機or100番台)が黒い無蓋車や長物車を牽引する列車が通りました。
しかも、後ろの方の車両には、カバーが掛けられ、下にキャタピラの見えるグレーの物体が積まれていました。幼心にも「戦車が積まれてる!」と思いました。
自衛隊の演習のために戦車を運ぶ貨物列車が運転されていると知ったのは、それよりもずっとあとです。

貨物列車(上り)
牽引はEF65。
ごくまれにムドのEF65が連結されていました。
コキ50000で組成された列車でしたが、20ftのタンクコンテナが載った車両だけコキ104でした。
のちに全車コキ104で組成されるようになり、18D形コンテナばかりが積まれた車両が2両連続していると「カトーのコキ104の2両セットだ!」と思ったものです。




振り返ってみると、やはり、この約20年の間にかなり事情が変わっていることを感じさせられます。
ここには書いていませんが、私が小学校に入学したころは、まだ下関では103系が走っており、非冷房の115系もいました(しかも、卒業するころまで)。

復刻時刻表のときも言いましたが、当時はまだにぎやかさがあったことを改めて感じました。















 

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