鉄道でいろいろやるブログ

タイトルの通り、鉄道に関するいろいろなことを紹介します。 メインは、模型工作や、挑戦、おすすめの紹介です。

今日は、10日を過ぎてから最初の水曜日。
というわけで、windows updateがある日です。

今朝PCをつけたら、思った通りupdateが来ていました。

管理人のメイン機(デスクトップ)の機種は、Dellのinspiron 3647。
OSはwindows8.1です。

しかし、そこにはある懸念がありました。
 
先月のupadateのとき、再起動中にPCがフリーズし、再起動していますの画面でが完全に固まったのです。
左端の球が回っているアニメーションも、マウスポインタも動きません。
マイクロソフトのサポートに連絡すると、PCのメーカー側の対応になるということで、Dellのサポートに連絡。
そして、「データの破損は保証しかねる」という条件の下、次の手順で無事復帰できました。

起動ボタンを押して強制終了

PC本体の電源プラグを抜く

起動ボタンを30秒長押し

PC本体の電源プラグをつなぐ

起動


この手順は、メーカーサポートのオペレーターの指示のもと行ったものです。
この方法を試して損害・障害が発生しても、管理人は責任を負いかねます。


さて、話は今回のupdateの話に戻ります。

上記のことに鑑み、あらかじめ主なデータのバックアップを取りました。

スタート画面を表示し、電源オプションをクリックすると「更新をインストールしてシャットダウン」「更新をインストールして再起動」となっていました。
コントロールパネルでも、更新がすでにインストールされており、再起動を待っている状態であることを確認。
コントロールパネル内の「再起動」ボタンをクリックし、再起動画面が表示されました。
そして、更新プログラムを構成していますが30%に達したところで再起動していますの画面に切り替わりました。
しかし、約20分経っても一向に先に進まず、ハードディスクを読み書きする音もいつしか聞こえなくなっていました。
そして、再起動開始から約30分。ついに再起動していますの画面が完全にフリーズ!
その瞬間をしかと目撃しました。
出かける予定でしたが、もうキャンセルです。

そして、結局先月と全く同じ方法で解決しました。

Dellのオペレーターさん曰く、このように再起動中にフリーズするという問い合わせはよくあるとのこと。(よくあるのなら原因究明のうえ改善されるべきと思うが)

調べたところ、windows updateは、これまでの「ダウンロードしてからシャットダウンor再起動時にインストール」という流れから、「勝手にインストールしてあとは再起動だけ」という流れに変更されたとのこと。
従来の方法では、コントロールパネルで、不要な更新ファイルを除外することができましたが(windows10強制アップグレードはこの方法で回避した)、現行の方法ではそれができず、マイクロソフトの思うがままになってしまいます。

windows10強制アップグレードの脅威が去って安心したと思ったら今度はこれです。
対処法が分かったとはいえ、毎回こうなるのは心臓に悪いです。

再起動中のフリーズの解決方法、あるのですかねぇ

追伸
対応してくださったオペレーターの方、ありがとうございました。
非常に助かりました。




 

タイトルの通り、春なので、小学生時代のダイヤを振り返ってみました。

 私が通っていた小学校は、山陽本線小月駅から直線で500mほど埴生寄りの、ちょうど山陽本線を見下ろす丘の上にありました。
入学式翌日の登校初日から、休み時間に校庭で列車を見ていました。

そこで、休み時間ごとに見ていた列車を思い出してみました。
ただ、中学年からは、休み時間を図書室で過ごすことが常態化したので、94~96年頃の情報としてご覧ください。
(休み時間終了時刻は、予鈴の時刻を書いています)

朝休み(~8:10)

登校してから始業(朝学)までの時間です。
学校到着時刻によっては、校門で見ることもありました。

寝台特急みずほ


「みずほ」が廃止されたのは94年12月なので、入学時にはまだ運転されていました。
小月通過時刻は7:50ぐらいだったと思います。
廃止後は、後述の貨物列車が「みずほ」のスジで運転されるようになっていたと記憶しています。

貨物列車(下り)

牽引機はEF65。
一度だけ、ぶどう色のEF65が牽引していたことがあります。
踏切を渡って通学している友人が、EF66との重連(多分ムド(無動力回送))だったと報告してくれたことがあります。
この時期のJRコンテナは、国鉄から継承されたものも数多く残っており、全体的に水色・黄緑、そしてJOTのコンテナの白の3色でした。
この時期から、JRFレッドのコンテナが現れ始めます。

寝台特急さくら
いつしか、「みずほ」とほぼ同時刻に「さくら」が走るようになりました。
もちろん、当時は単独運転で、長崎行きと佐世保行きでした。

普通下関行き
115系4両編成。
一時期、クハが瀬戸内色、モハが広島快速色という編成が走っていました。

普通小郡行き
415系4両編成。

貨物列車(上り)
当時の幡生発着運用としては数少なかったと思われる、EF200牽引の列車です。
機関車次位のコキには「下関」と書かれた、下関漁港組合のUR1形コンテナが積まれていました。(2000年代初頭まで、漁港内に貨車が乗り入れていたそうです)

この列車が通ったら、朝休みは終わりです。

中休み(10:10~10:30)

普通下関行き
105系3両編成。宇部新川発。
2両編成の上り側にクモハを連結した、「Tc-Mc-Mc」または「Mc-Mc-Mc」の3両編成(今から10年ほど前まで、クモハ105を2両背中合わせに連結した編成があった)。
ごくまれに、さらに2両編成を連結した5両編成や2連×2の4両編成だったことがあります。
また、先頭に123系が連結されているのを1回だけ見たことがあります。

小月で後続の貨物列車を退避するため、小月駅の場内注意現示を受け、かなり減速して通過していました。
休日に出かけるときは、この列車に乗ることも多かったです。

貨物列車(下り)
小月で前述の普通列車を追い抜きます。
牽引機はEF65でした。
この時期は、コキ50000系に混じって、コキ5500がまだ残っていました。

クモハ42回送
小野田線本山支線用のクモハ42は、95年ごろから週3回(月・水・金)、検査のため下関まで回送されていました。
96年の鉄道の日のイベントで2両編成で運転されたのですが、その前日は2両編成で回送していました。

ちなみに、中休み終了前に予鈴代わりに流れていた曲は「ハイケンスのセレナーデ」でした。
(車内チャイムと全く同じ個所があるのに、この曲がそうだとは思っていなかった)

昼休み(12:50?~13:30)

普通下関行き
105系2両編成。

普通宇部線経由小郡行き
105系3両編成。
前述の列車の折返し。

貨物列車(下り)
臨時のスジなのか、まれに13:20ごろに下りの貨物列車が通過することがありました。
コンテナ列車であることがほとんどでした。
しかし、小1の秋、EF66(貨物更新機or100番台)が黒い無蓋車や長物車を牽引する列車が通りました。
しかも、後ろの方の車両には、カバーが掛けられ、下にキャタピラの見えるグレーの物体が積まれていました。幼心にも「戦車が積まれてる!」と思いました。
自衛隊の演習のために戦車を運ぶ貨物列車が運転されていると知ったのは、それよりもずっとあとです。

貨物列車(上り)
牽引はEF65。
ごくまれにムドのEF65が連結されていました。
コキ50000で組成された列車でしたが、20ftのタンクコンテナが載った車両だけコキ104でした。
のちに全車コキ104で組成されるようになり、18D形コンテナばかりが積まれた車両が2両連続していると「カトーのコキ104の2両セットだ!」と思ったものです。




振り返ってみると、やはり、この約20年の間にかなり事情が変わっていることを感じさせられます。
ここには書いていませんが、私が小学校に入学したころは、まだ下関では103系が走っており、非冷房の115系もいました(しかも、卒業するころまで)。

復刻時刻表のときも言いましたが、当時はまだにぎやかさがあったことを改めて感じました。















 

本日で、JRは30周年を迎えました。
そこで(といっても、いずれやるつもりだった)、また復刻時刻表1987年4月号を見ていきたいと思います。 
今回は、下関駅の下り列車です。

simonoseki_kudari

3月24日に、上り列車について考察しましたが、当然ながら下り列車はその逆パターンとなります。
つまり、下り列車の始発駅は上り列車の終着駅であり、下り列車の終着駅は上り列車の始発駅で、結んでいる区間は大体同じです。

違う点として特筆すべきは、急行「ながと」です。
この「ながと」は下りと上りで運転区間が違います。
上りは下関発益田行きでしたが、下りは浜田発小倉行き(下関から普通)となっています。

山陽本線の普通列車で意外だったのは、11:41着の1627Mと、15:43着の2425Mです。
いずれも呉線絡みです。

1627Mの始発駅は、呉線の安浦です。
安浦は広島地区内の区間便が折り返すイメージの駅(失礼)でしたが、かつては下関行きというロングランの列車の始発駅でもあったのですね。

2425Mは、岡山発なのですが、何と呉線経由です。
呉線経由の列車は、起点である三原か、留置線のある糸崎発着というイメージを持っていたので、こんな長距離列車が呉線経由とは意外でした。



続いて博多駅(下り)です。

hakata_kudari

臨時列車も含め、掲載されている列車を列挙すると、下関の倍ぐらいの本数があります。
もちろん、臨時列車も含めているので、この表の全ての列車が運転される日はありません。

普通列車

まず、この時期の鹿児島本線の快速は1時間に1本で、しかも博多以南は各駅停車で、熊本までのロングランも多いです。
現在でも、南福岡以南が各駅停車の快速がありますが、当時は博多以南には快速が全く運転されていません。(臨時列車と「くまがわ」を除く)
そして、8:12発の129M普通南福岡行きは、笹原通過です。

一方、博多止まりの列車を見ると、香椎線からの直通列車(西戸崎発)が結構な本数設定されています。
以前は確かラッシュ時のみ博多発着がありましたが、現在は博多発着の香椎線列車は設定されていません。

筑豊方面からの列車も、田川後藤寺や若松発の列車もあり、始発駅も多彩です。
八幡発の快速がありますが、電化直後の福北ゆたか線の電車列車もこの運転パターンがありました(停車駅は変わってたかな?)。

特急列車

博多駅は、発着する特急の系統がJRトップレベルで多いです。
しかし、当時は特急の系統が細分化される前なので、九州内の昼行列車に限れば「有明」「かもめ」「みどり」「にちりん」の4つだけです。
しかも、全て485系(もちろん国鉄特急色)でした。

有明は、日中は1時間に2本の30分ヘッド。
西鹿児島(現 鹿児島中央)行きと熊本行き(一部水前寺行き)が交互に走ります。

そして、この1987年春から水前寺乗り入れが始まりました。
但し、豊肥本線内(熊本~水前寺間)は普通列車で、「毎日運転の臨時列車」という扱いだったそうです。
当時の豊肥本線は非電化なので、国鉄特急色のDE10が牽引し、DE10と485系の間には電源車としてスハフ12が連結されたのですが、このスハフ12は青のままでした。
せっかくDE10を485系に合わせた国鉄特急色にしたのに、スハフ12の塗装も変更しなかったのは以前から不思議に思っています。

かもめみどりは、この時期は連結運転をせず、別々に運転されています。

特急はある程度固まって出発しており、かもめorみどりのあとを有明が追いかけていく形となります。
春休み・GWの臨時便も、定期便のすぐ後を追う形で設定されており、定期列車と合わせて3連続で特急が発車する場合もあります。

博多駅を発着する特急ですが、のちに「有明」の西鹿児島行きは「つばめ」として分離。783系を使用した列車は「ハイパー有明」となります。
長崎・佐世保本線系統には「ハウステンボス」が加わり、「にちりん」も883系充当の「ソニックにちりん」(のちに大分発着列車は「ソニック」として分離)、787系充当(当初は)の「にちりんシーガイア」が登場、急行「由布」の格上げによる特急「ゆふ」、観光向けの特急「ゆふいんの森」が登場するなど、系統の新設・再編が行われ、現在はもはや別物です。

*寝台特急は下関駅のときに触れたので、今回は扱いません

急行列車

現在、JR自体に急行列車がありませんが、当時は各地で運転されていました。

由布は現在格上げされて特急「ゆふ」となっています。
1989年に同じ経路で観光列車の「ゆふいんの森」が登場。
「ゆふいんの森」は当初から特急として運転されましたが、急行「由布」は1992年に特急に格上げされました(門鉄OBだった祖父がJR九州のキハ185系のパンフをくれたことがある)。

くまがわは特急格上げ後、昨年3月まで運転されていた列車です(今年運転開始した「やませみ かわせみ」は「くまがわ」を格下げした快速を再び特急に格上げする形で運転されている)。

当時の「くまがわ」は1往復のみで博多~湯前の運転。
博多~熊本間が快速、熊本~人吉間が急行、人吉~湯前間が普通です。
1989年には、運転区間が熊本~人吉間に短縮されました(代わりに急行「えびの」が博多発着となる)。
そして、湯前線のくま川鉄道転換後の1991~1993年の間、湯前乗り入れが復活しています。

かいもんは、九州内を走る夜行列車です。
座席車6両+寝台車2両で編成され、座席車は12系、寝台車はこの当時は20系でしょうか?(子供の頃に持っていた、幼児向けのブルートレインの本には20系の写真が載っていた。のちに24系に変わる)
1993年には特急に格上げ+電車化され、「ドリームつばめ」となります。「つばめ」ですが、当初は783系で運転されていました。
さらに、2004年の九州新幹線部分開業後は熊本行きの「有明」となり(熊本には深夜1時台に到着)、九州新幹線全線開業まで運転されました。

臨時列車

臨時列車は超カオスです。

順当に行きましょう。

寝台特急明星
下関が運転停車だったので、下関駅の時刻を取り上げたときには触れなかった列車です。
一時期1日7往復が設定され、「あかつき」とともに関西ブルトレの一大勢力を誇っていた列車です。
1986年に臨時列車化され、JR化後も運転されていましたが、のちに急行「霧島」(現在の特急「きりしま」とは無関係)に格下げされます。

急行ひのくに
「迷列車で行こうシリーズ」で取り上げられた列車です。
充当された車両は715系といういわゆる「遜色急行」で、末期は811系で運転されます。

快速有田陶器市号
有田陶器市の臨時列車は現在でも盛んに運転されていますね。
今年はどうかは未確認ですが最近は特急「みどり」が増発されます。

快速メルヘンフェスティバル号
初耳の列車です。
調べたところ、大分県玖珠町で5月5日に開催される「日本童話祭」に伴う臨時列車です。
大分側からは、客車列車の「童話号」が運転されてます。

急行パノラマライナーサザンクロス
12系改造のジョイフルトレイン「サザンクロス」を使用した列車ですね。
が、この列車にはとんでもないツッコミどころが
発車時刻に注目してください。
この列車の発車時刻は8:53なのですが、1本前の929M普通荒尾行きも8:53発となっています。
「迷列車」動画でも取り上げられたことがありますが、九州では臨時列車が定期列車と同時刻に発着するダイヤが組まれることが稀にあるそうです。
もちろん、複々線区間ではないので、どちらかの列車が遅れることになります。
この列車の場合、929Mが少し遅れて発車することになっているはずです。

特急有明91号

これも「迷列車」で触れられていたような気がしますが、客車列車です。


九州は臨時列車が面白いです。
現在は高速道路網の整備や、高速バスが手軽になったり、新幹線が開業したりで定期の特急列車すら減っています。
昔は多彩な列車が運転されていたことを再認識させられます。


先日(と言っても半月ほど前)、放置状態だったE235系と323系を完成させました。

DSCF2421

この2両は、1月に開いた個展の会場で制作の実演をするために作ったものです。
E235系は現地で制作し、323系は車体を組み上げた状態で持ち込み、ステンレス車体のリブの表現の実演をしました。

しかし、個展終了後の解放感から、Railsimのプラグイン制作にどっぷりはまり、2か月近く放置されました。
(プラグインは低クオリティゆえ、配布予定はございませんので悪しからず)

そして、3月になってようやく作業を再開し、やっつけで完成させました。

DSCF2422

323系は、以前の227系の型紙をそのまま流用。
構造も作り方も同じです。
なので、スカートの形が違っています。

車体の塗装は銀色ぐらいで、ラインや模様はシール紙に印刷したものを貼っています。


E235系は、前面の工作を若干工夫した以外はごくオーソドックスな作り方をしています。
(↑「若干工夫」が「若本規夫」(穴子さん役の声優)に見えた)

DSCF2264
まず、前面のベースとなる部分を接合します。

DSCF2265
前面の周囲の絞られた部分をバルサで作ります。
あとは紙ヤスリで成型し、バルサに瞬間接着剤をしみこませて目止めします。

DSCF2391
リブの再現の様子。
シール紙を細く切って貼ります。
それだけで数十分~小1時間かかります。(以前作った883系など地獄でした)

DSCF2423
で、完成した様子。
JR東日本の最近の車両は、床下がダークグレー(というか若干明るい黒)なので、調色しました。
こちらも、模様はシール紙に印刷したものを貼っています。
特徴である前面のドット柄は、MSペイントでちょこちょことドット絵に描きました。
前面の絞り部分は、色合いが違うことガン無視で、手元にあったタミヤカラー(X-15 ライトグリーン)を塗りました。



と、いうわけで、東西の環状線の最新車両ができました。
最近は新しい車両の制作に挑戦し、このようなメンツとなりました。
DSCF2430
883系(前述)のみ2010年制作で、それ以外はここ1年の間に作りました。

最近の車両は、細かい所に曲面があったりして作りづらいです。
「作れそう」と思っていざ実車の写真を見返すと「ああダメだorz」となったりします。
しかし、これまでの経験から、「この車両はこうして作る」という攻略法(武井壮さんの「猛獣の倒し方」や、バカリズムさんの「都道府県の持ち方」的な)を思いつきます。もちろん、それでちゃんと作れる保証はありません。

最近登場した車両をもっと作ってみたいですが、今は151系が作りたいです。

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前回紹介した「時刻表復刻版1987年4月号」を手にして最初に見たのが、地元、下関駅の時刻です。
そして、当時のダイヤと現行のダイヤを比較してみました。

simonoseki_nobori2
 で、表にしたのがこちらです。(クリックで拡大。さらにクリックすると等倍になります)
今回は上り列車を見ていきます。

ピンクの部分が1987年、水色の部分が現行(2017年)です。
2017年の方には空の行がありますが、これは比較しやすいように、87年と2017年で大体同じ時刻の列車が同じ行に並ぶようにしたからです。

普通列車オンリーで、全列車が折返しの現行ダイヤと比べ、87年は華やか(山陽新幹線開業前ほどではないものの)です。

本数

まずは手っ取り早く本数の比較です。
87年は山陽・山陰方面と九州からの列車を合わせて117本、2017年は134本です。
(時刻表に掲載されている本数基準。臨時列車を含み、客扱いをしない列車は除外)

2017年の方が本数が多いですが、これは単に下関で山陽・山陰方面と九州方面で系統が分断され、直通列車が1本もないからです。
そこで、上記の表では、九州~山陽・山陰の接続が行われる場合は両者を1行にまとめて、直通列車に見立てて記述しました。
こうして見ると、やはり現在は列車の発着頻度が下がっているのが分かります。

列車本数の内訳は、
●九州から
1987年:58本
2017年:62本

●山陽方面
1987年:52本
2017年:46本

●山陰方面
1987年:31本
2017年:24本
となっています。
(時刻表に掲載されている本数基準。臨時列車を含み、客扱いをしない列車は除外)
1987年の本数は、九州からの直通列車があるので、重複して数えている列車があります。

優等列車が全廃された現在は、当然ながら本数は減っています。
しかし、九州方面は逆に本数が増えています。
優等列車が廃止された分だけ減るのではなく、逆に普通列車ばかりが増えているのです。

運転系統(始発駅と行先)

運転系統も、当然ながらかなり違います。
現在は運用区間が狭まり、パターン化された感じが否めませんが、当時は行先や始発駅が多彩です。

意外だったのが、当時の鹿児島本線の快速は、日中は下関発着だったことです。
鹿児島本線のページを見ると、日中の快速は上りが下関行き、下りが門司港発となっています。
交流型電車で運転されている現在ではなし得ない運用です。

山陽本線では、呉線まで行く列車が結構な本数があります。
現在はラッシュ前後に数本設定されている宇部線直通列車も、2時間に1本ほどの割合で設定されています。
管理人が利用する小月駅で折り返す列車は1本もありません。

最終の厚狭行きは気動車ですが、これは管理人が小学生の頃までそうなっていました。
というか、管理人が小学生の頃のダイヤは、この87年のダイヤの原形がある程度残っていました。(始発直後の厚東行き(220M)など)

山陰本線は、何と言っても客レや急行がまだまだ健在。
早朝には、驚くべし出雲市行きがあります。(842レ)
やはり、機回しが必要な客車列車は小回りが利かないのか、中~長距離運転で、少なくとも長門市以北へ向かい、東萩、益田、浜田行きもあります。
そして、客車列車は宇賀本郷に止まりません(手持ちの1973年の時刻表でも客レは宇賀本郷通過だった)。

ちなみに、各方面の普通・快速列車の終着・始発駅で最も遠いのが、
山陽本線(終着駅):岡山
山陰本線(終着駅):出雲市
鹿児島本線(始発駅):熊本
日豊本線(始発駅):幸崎
でした。
岡山行きは、後年のように快速シティーライナーにならず、各駅停車の純粋な普通列車です。

その他の注目ポイント

臨時列車「先帝祭号」
「先帝祭」は、5月2~4日に、下関市の赤間神宮で催される、安徳天皇を偲ぶ祭事です(「海峡まつり」という大々的なイベントが合わせて開催され、そのメインイベントとなっている)。
それに合わせた臨時列車なのですが、山陽線の便も気動車で運転されています。車両はキハ58系でしょうか?
現在のイベントのための臨時列車は愛称名が付かないので、そこに当時と現在の意識の違いを感じます。

L特急にちりん8号・24号
一時期下関発着便があった「にちりん」ですが、ちょうどこの国鉄民営化を挟む時期に運転されていました。
管理人も、2歳か3歳ぐらいのときに、下関駅で母に抱かれて、赤いJRマークの付いた特急色の485系を見た記憶があります。
調べてみると、レッドエクスプレスになってからも下関に来ていたそうです。

寝台特急あさかぜ82号・あかつき82号
波動用の20系客車を用いた多客臨ですね。客車3段寝台の表示があります。
あさかぜは「ホリデーパル」充当でしょうか?

客車ラッシュ
19時台は、富士(19:23-28)・はやぶさ(19:34-39)・あさかぜ82号(19:46-56)と、3本の寝台特急が立て続けに発着します。
そして、富士とはやぶさの間には、長門市行き860レ(19:31)が発車し、客車列車が連続します。

急行さんべ82号
これも多客臨ですね。
急行さんべは、国鉄時代に夜行便がありました。
まさか、JRになってからも臨時化されて残ってたとは思いませんでした。
ただ、寝台の表示ががないので全車座席車。車両は12系か14系座席車でしょう。

九州からの気動車列車
九州の非電化路線からも直通列車がありました。
田川後藤寺発5420Dと、添田発722Dです。
後者は日田彦山線の列車ですが、前者は何と、田川線経由です。
添田発の列車はキハ66系で、折返しで筑豊線経由の快速になるはずです。



こうして見ると、30年の間にかなり様変わりしていることが改めてよくわかります。
まさに隔世の感です。
当時の下関駅は、まだ鉄道の要衝としての地位が今よりももっと高かったことがうかがえます。

次は、鹿児島本線をじっくりと見てみたいです。










 

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